PROLOGUEプロローグ

大広間の前の廊下に張り出された出陣と内番の予定表を、山姥切長義が熱心に見上げていた。
顎に軽く手を当て、予定表の隅から隅まで視線が動く。
そして、明日の予定のどこにも、自分ともう一人の名前がないことを確認すると「よし」とひとつ頷いて踵を返した。
向かう場所はもちろんもう一人の部屋だ。

「猫殺しくん遊びに行かないか!」

勢いよくふすまを開け放った山姥切に、こたつの中から顔だけ出した南泉一文字は冷気に首をすくめる。

「……いいから、まずは閉めろ、にゃ」
まだ十二月初旬だ。それほど寒くはないだろうに、と思いつつも言われた通り素直にふすまを閉め、山姥切もこたつへともぐりこむ。
そのあいだに南泉ものそりと体を起こした。
まだ眠気が飛んでいないようで、目を瞬たせている。

「んで、どうしたよ?」

促されて、たったいま見てきたことを説明する。

「そろって非番なんてなかなかないだろう。せっかくだからどこかへ出かけないか?」
「いいけどよ、そこはまずオレの予定を確認するのが先じゃねえの?」
「何言っているんだ。先ほど貼りだされたばかりの予定をこの部屋でこたつむりになっていた猫殺しくんが知っているわけがない。つまり明日の君に予定がないことは明白じゃないか。勝算なく声をかけたわけじゃないよ」

勝ち誇った顔で一息に捲し上げた後、「まぁもっとも」と笑みの種類を少し変えた。

「勝算なく声をかけて断られたところで俺は傷ついたりしないけどね」
「そりゃ嫌味か? それとも強がりか?」

どちらでもないさ、と山姥切は笑う。

「どうでもいい用事や、だれかと交代できるようなものなら君は俺を優先してくれる。この俺を優先しないのなら、それは優先できないくらい大事な用事だということだろう?」
「そう、かよ」

歯切れの悪い返事は、照れをごまかそうとして失敗したらしい。

「で、どこに行くんだ?」
「それなんだが、急だから特に行き先を考えていなくてね。どこか行きたいところはあるかい?」

そうだなあ、と南泉は目線を少し上げて考える。
本丸でごろごろも悪くないが、確かに二人そろって休みなのは久しぶりだ。
出かけたいという山姥切の気持ちもわかる。
だが、この寒い中で遠出というのも好まない。
どこか近場で……と考えたところで、思い浮かんだ場所が一つあった。

「万事屋街にしないか?」
「構わないが、目的は何かな?」
「最近和スイーツフェアやってるらしくてにゃ。いろんな店が新作の和洋菓子を出してるんだよ。オレも評判のやつをいくつか食ったんだけど……」
「ああ。そういえば君、和洋折衷の甘味好きだよね。雪見だいふくとか」
「いつもお前に一個かっさらわれるけどにゃ」
「抹茶ラテとかも好きだし」
「ぜってーお前に味見って持ってかれるよにゃ」
「あと長谷部に土産でもらった博多とおりもんとか」
「それもお前が一口よこせつって半分以上かじってったんだよ、にゃ!」
「そのあとで俺の分もあげただろう」
「そうだけどよ……」

ぶすくれた南泉を意図的に無視して山姥切は話を続ける。

「まあそれはおいといて、それで?」
「すげーうまいのがあったからお前も連れていきたい」

いつになくストレートな物言いは、思っていた以上に山姥切の胸に刺さる。
気づいたら頭で考える前に答えていた。

「行く」
「よし、じゃあ午後くらいから出かけるか」

ふにゃりと笑った南泉に、つられて山姥切も笑みがこぼれた。

「わかった。楽しみにしているよ」

*   *   *

それが昨日の夕方のことだ。
翌朝、山姥切はいつもと同じ時刻に目を覚ました。
せっかく非番なのだからとゆっくり支度をし、いつもより少しだけ遅く部屋を出る。
朝食をとるため食堂へ向かっていると、ちょうど食堂から南泉が飛び出してきた。

「猫殺しくん、何かあったのか?」

やや張り詰めた声で山姥切がそう聞いたのは、南泉が内番姿ではなく戦装束を着ていたからだ。
朝から出陣でもない限り、南泉が朝食時に戦装束を着ていることなどない。
誰かが負傷でもしたのか、あるいはトラブルか。
だが、よく見ると服は戦装束だが防具を付けていない。
本体である刀も持っていなかった。

「トラブルっちゃトラブルだけど大したことはねえよ。急ぎの使いっ走りを頼まれただけだ」

よほどの急務なのだろう。
山姥切の質問に答えつつも、南泉は足を止めない。
つられるように山姥切も歩き出した。

「午後の予定は取りやめにするかい?」
「いや、マジでただのお使いだから午前中には終わる。わりいけど昼に店の前で待ち合わせに変更な」
「ああ、それは構わないが……しかし」
「んじゃ、行ってくるぜ」

玄関で待ち構えていた燭台切から荷物を受け取ると、そのまま小走りで飛び出して行った。

「いってらっしゃい…………」

勢いに飲まれた山姥切はそのまま南泉を見送り、後ろ姿に手を振ってしまう。

「ちょっと待て、待ち合わせも何も、俺は君の行きたい店を知らないんだけど!」

慌てて声を上げるも、時すでに遅し。
すでに南泉は声の届かないところまで行ってしまっていた。

「ええ~……どうしよう」

南泉の携帯端末に連絡したところですぐに返事が来るとは考えにくい。
基本的に端末を見るのが遅いのだ。
さすがに待ち合わせのころには見るだろうが、そこから本丸を出たのでは遅くなってしまう。
そういえば、確か南泉は評判の菓子の中に気に入ったものがあると言っていた。
期間限定のスイーツフェアだ。
評判の菓子がそう山ほどあるとは思えない。
本丸の誰かなら、南泉のお気に入りの菓子を知っているかもしれない。

「よし、みんなに聞いて回ろう。見事店を当ててみせて、猫殺しくんを驚かせるのも面白いね」

せっかくなので審神者の協力も得ようと、山姥切は携帯端末を取り出した。

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